「なんでそんな酷いことを言えるのだろう」というひといますよね。
人は人と関わることで成長していくものですが、の距離を間違えると思わぬトラブルに遭うことも。色々と考察しまして、この記事では「あえて人を傷つける言葉を吐く人」の心理と対処法について解説していきます。
タイプ① 日頃の鬱憤をはらしたい
理性がまだ成熟していない子供はもちろん、ストレスにまみれたブラック企業の上司、私生活でストレスがたまったお局さまなどにも見られます 。特徴は、
- 「そういうのってどうかと思う」などチクチク嫌味をいう
- 「常識ないよね」と思ったことをそのまま口にする
これは自分になにも原因がなくても、「目の前にいる」というだけで被害にあうものです。対処法としては、とにかく離れること。「仕事」に対するアドバイスは聞くけど、「人格」に対する言葉は受け流す、など自衛することでだいぶ楽になるでしょう。
タイプ② 「そのひと」の心を傷つけたい
「あの子があなたのことこう言っていたよ」「あなたみんなに嫌われているよ」とあえて言ってくるひとっていますよね。このときのあのひとって大体2,3人だったりします。別に伝える必要はないのですが、本人はそんな正論より「相手を傷つけたい」から言っているので、相手にするだけムダなのです。
- 昔は仲が良かったけど、最近あたりが強い
- いやだといっていることを繰り返す
お互いの立場が変わると、相手に対する信頼や友情も変化するもの。ミルグラム実験や歴史上の数々の戦争が証明する通り人間の本質は残酷なものです。理性が飛べば簡単にひとを傷つけることもできるのですね。
③ 自分を守るための発言
しかしですね、覚えておきたいのは
- 自分の鬱憤をはらしたい人、もいる一方で
- いいかげん、その一方的な主張を終わりにしてほしい
という意図で発言するひともいる、ということです。たとえば子供の頃お姉ちゃんにいじめられ続け、ついに我慢できなくなった幼い弟がキレて、「もうやめてよ!」といえずに「このブス!デブ!」と暴言をはくのは、「こと」を終わらせたいがための、自分を守るための暴言だったりもしますね。
1) いい加減に、常識をわきまえて欲しい
それは明らかに「常識」とかけ離れた理論をふっかけられたときです。
あきらかに意味がわからないことをまくしたてられたとき、理不尽なことをいわれたとき、「みんな困ってるんだからやめて」と言いたくなった経験があるひともいるのではないでしょうか。
2) モラハラ、もうやめてという心の叫び
もう1つは、常識をこえたモラハラ。益田ミリさんの本「大人には答えなくていい質問もある、すべての質問に答えようとすると自分を見失う」という言葉があるのですが、ひとには踏み込んではいけない領域もあるのですね。
そこを無視して踏み込んでこられると、ひとって心身の調子を崩すものです。相手にとっては暴言にとれるものも、本人にとっては「ほんとにやめて」という心の叫びだったりするのかもしれません。
つまりどういうことか
そもそも人間というのは
- 相手を責めるために「自分がいかに傷ついたか」を主張し、
- それを正当化するために第三者の存在をかもしだしたくなる
生き物なのかもしれません。「嫌われる勇気」で一躍有名になったアドラー先生によると、「理性も感情も存在せず、人は怒鳴りたいから怒鳴り、泣きたいから泣く」そう。怒りや涙により相手を支配したいから、「その行動」を取っているのだそうです。
まとめとアドラー心理学からみる対策法
というわけで人を傷つける人の心理と対処法。
- 鬱憤をはらしたいタイプには、「ストレス溜まっているんだな」と無視をして、
- あえて心を傷つけたい人には、「そう思う人もいるんだ」と受け流す
でした。「怒りや涙で相手にいうことを聞かせるのは、暴力で従わせるのや、泣き叫ぶ子供と全く変わりがない」というのがアドラー心理学の見解です。短期的には効果があるかもしれませんが、長期的には必ず損をしているのです。
そのため怒りや涙ではなく言葉で説明するよう努めること、それが成熟した大人の行動なのです。話し合えないひとには「こいつだめだにゃ」と割り切って、近づかないのが得策です。世の中いろんなひとがいますからね、触らぬ神に祟りなしとはよくいったもんです。
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